インターネットラジオ パーソナリティしてます♪ 毎週金曜12:00~12:30『ゆるゆるTAN-TANメモ』★「ゆめのたね ラジオ」で検索(http://www.yumenotane.jp)→「関西チャンネル」下の▲をポチッと押すと世界中どこからでも聴けます!
by takeotae
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
全体
未分類
ブログパーツ
以前の記事
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 01月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
お気に入りブログ
びぃ・すまいるからの 『...
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


雨 その2

また雨だ。まるで、このまま雨季に突入して晴れないんじゃないかと思ってしまうくらい辛い。何でこんな日も働かないといけないのだろうって、真面目な人たちに叱られそうな事を思う。
こんな日はずっとエンドレスで徳永のバラードをかけて、ゆるゆるとパジャマのまま過ごしたい。

徳永との出会いはずっと昔の話で、私は程よく若かった。TVをつけると、たけし(北野たけし)が唄を歌ってた。何だか知らないけど、真剣に聞いていたわけでもないのに、おまけにヘタだったのに、すごく胸にしみた。
その時の自分の置かれていた状況が強く影響したんだと思う、たぶん。この唄何?って。後で”壊れかけのRedio"だと知った。たけしの唄は本当に全然上手くなかった。なのに、すごくすごく胸の奥の方めがけてチクチクと刺激したのだ。
それから、徳永英明の静かなファンになった。(静かなっていうのは、わ~っ、好き!ってんじゃなくて、ふとした時、でもずっと忘れることなく聴き続けているってことです。)

娘や息子もいつの間にか静かなファンになっている。私よりたくさんの曲を知ってる。彼らが幼い時も何気なくBGMに流していたからだろう。こうして、意図したわけでもないのに、子供たちの中に入っていってるんだ。
親という存在はこんなにも影響力があるんだ、怖いな・・・。

雨の日は、気持ちを逆撫でされなくて、さりげなく優しいものが側にあると、それだけで心が軽くなる。
そうなんだ。さりげなく優しいものをいっぱい持てばいいんだ。そうか、こんなことに今気づくなんて。

ちょっと、これから優しいもの探しにでかけます。では、また。


    
[PR]
# by takeotae | 2006-03-01 17:50 | Comments(0)

雨が嫌いだ。心が開きにくくなる。閉じよう閉じようとするのが分かる。

周りの雰囲気に流されないように、周りの空気に巻かれないように、そうなりたいと最近頑張ってきたけれど、やはり私にとっては難しい事・・・。

「雨の日は気が滅入るんだ・・・」と、何度連れあいさんに言ったことだろう。今朝も言ってしまった。もうそろそろ、こんなマイナーな言葉は止めようと思うんだけど、つい。
「やっぱり、イギリス辺りじゃ住まれへんな。どんよりしてるっていうし。」って、返事が返ってくる。
うん、いつもありがと。こんなどうしようもない会話にちゃんと応えてくれる。いつもその優しさに救われている。
ああ、情けないな・・・。私は救われる人、助けてもらう人。誰をも救ったり、助けたりしたことがないよな・・・。本当に情けないなぁ。

私の周りにいてくれる人はいつも優しい。こんな私を嫌がらず、距離をとらずに同じ所にいてくれるってすごい事なんだよね。

25歳、神経症発症、以後自分の性格が大きく様変わりした。
自律神経失調症だの不安神経症だの心臓神経症だの、色々言われ十数年前にDrが嬉しそうに「世界の共通名がやっと決まりましたよ。パニック障害です。」と、私に告げた。
心の中でフン!と思ったのを覚えている。病名なんてどうでもいいんだ。治してくれよ~、と。

多くの事が苦手になった。人と会う事、家に来られる事、強制される事、お通夜、お葬式、新聞、ニュース、噂話、井戸端会議、お見舞い、病院、電話etc・・・そして雨。
21年も経つと緩和されているものもある。けど、苦手意識はとれない。そして、後遺症が、私はダメ人間だ、私は変になった、昔の自分にはもう戻れない、という意識。心の奥のほうに住み着いて取れない。

連れ合いさんが言う「全ては過程。まだ、何も決まってないんやで。人は常に変化してるねん。その過程にそれがあり、過去がある。どっちが本物かとかそんなん関係ないで。通過点の一つひとつに反応せんでもいいやん。ぼちぼちな。」と。
友人が言う「住み着いた意識、何で取らないとアカンの?それもこれも持ってたらいいやん。それ以上のパワーもこれから住み着かせて、何もかもひっくるめて自分として持ってたらいいやん。」と。

私はいつも何かに囚われてるんだろうな。余裕がないもの。

オノ・ヨーコが言った(と思う、間違ってたらごめんなさい)「世の中の普通、当たり前と言われている価値観は偏見に満ち溢れている。そんなものに従えない。」と。
彼女はこうも言った「ヨーコのアートなどというけれど、それは嵐の中を歩いた足跡みたいなもので、振り返ってみる気はしない。その時そういう歩き方をしなくてはならなかった、ということなのだろう。」と。
いつか、さらりとこんなことを言える自分になりたいな。彼女はどんよりとしたグレーっぽい、ころころと天気の変わりやすいイギリスの空の下で、さらりと自分を持って生きていたんだなぁ。
ジョンが惚れたの、分かるよなぁ。(って、そこんとこの事情知らないのによくこんなこと書くよなぁ、私)

雨、止みそうにないな・・・。今年の二月は何でこんなに雨が多いんだろう。心閉じたくないのに。

・・・今度、思いっきり明るくて可愛い傘を買おう!開くと心がパッと楽しくなるような。
[PR]
# by takeotae | 2006-02-26 13:24 | Comments(0)

鴨ちゃんに贈るバラード・・・は、書けない。

2月14日、バレンタインデー。
昨年のこの日、鴨ちゃんは逝った。

ブログに何度も鴨ちゃんのことを書こうとした。書きたかった。胸に刻んでおきたい人だから。
けど、やっぱり書けない。文字にすると薄っぺらくなる。私の文では伝わらない。深さも重さもなくなってしまう。

寝屋川小学校殺傷事件。なんという事件名だ・・・。鴨ちゃんは全国区の人になった、最後の最後に。
教師が天職だった、そう報道された。その通り。みんなの恩師だった、と報道された。その通り。
今なお、鴨ちゃんを訪ねて教え子が来る、と報道されている。その通り。手品が好きだった。その通り。
何一つ、間違いはない。けど、違うんだ。もっと、本当にもっと深くて重くて言葉には出来ないものを私たちに残してくれたんだ。

教師という職人だったね。
教育委員会が、文部省が、国が、コロコロと教育指針を、方針を塗り替え、文言だけの中身のないものを提示しようが、ただひたすらひとつひとつ、素材と対話し、同じものなど作れない、作らない職人教師。

・・・これ以上書かないでおこう。文字は真実をつ伝えるのだろうか・・・鴨ちゃんに贈る言葉は書けない。

25年前、ジョン・レノンの訃報をラジオで知った時、私は某ビルの5Fのデザイン事務所で広告のイラストを描いていた。その時、そのビルが揺れた。みんなのどよめきで確かにビルが揺れた。
1年前、鴨ちゃんの訃報を知った時、私の体が揺れた。みんなの体が心が揺れた。ビルが揺れるよりももっと大きな力が私たちを揺らした。

やっぱり・・・鴨ちゃんに贈るバラードは、どうしても、どうしても・・・やっぱり、書けない。

ごめんなさい。独りよがりな、訳の分からない文章で・・・。
[PR]
# by takeotae | 2006-02-14 01:08 | Comments(4)

中年

2週間前だったか3週間前だったか、記憶が定かではないがウィルス性の胃腸炎にかかって苦しんでいた。私のブログを読んでくださっている方はきっと「なんて!?また病気してたの~?」って思われていることでしょう。はい、私、病気の宝箱持ってます・・・。自慢にも特技にもならないんだけど。

いや、そんなこと今、どうでもよくて。何が書きたいかって、ものごっつい(ものすごく、を通り越して、この表現)腹立ってる!!
実は3日間ほとんど食べていない状態だった。その後も柔らかくて流動っぽいものしか食べれなかった。なのに、なのに、その時点で体重はたった500gしか減らなかった!うそだろ?と思ってもう一度ヘルスメーターに乗る。えっ?うそうそ・・うそだ。そして、もう一度乗る。何度乗っても、たった500gだ。そう、キログラム表示だとわずか、ホントわずか0,5なんだよ・・・。
その後、徐々に体調は回復し、元の食生活に戻ったとたん、な・な・なんと2,5㎏太っているではないか!グラム表示だと2500だぁ~!!うっそ~!?

納得がいかない。実におかしい。変!あんなに苦しみ、痛くて辛い想いをしたその報酬がたったの500gの体重減。普通に戻っただけで2500gの肉をどっさり快気祝いに(?)くれるとは・・・。なんでやねん!吉本の芸人じゃなくてもつっこみたくなるわさ。

今の世の中、めちゃくちゃ変で納得のいかないことばかり。真剣に真正面から受け止めて考えてたら身も心もズタズタになりそうやん。どうにもならない不吉な力が私たちの色んなことをがんじがらめにしていってるやん。昔のような、私たちが動けば何かが少し動く、そんな時代じゃなくなってきたやん。
だからって、逃げるわけじゃないけど、ちょっとでも楽しい事探したり、顔をあげて生活できそうな小さな喜びを見つけたり、些細な幸せって言うんでしょうか?そういうものを束の間でも味わおうとしてるのに・・・

って、メチャ大袈裟?すみません・・・。いつも表現の限度が分からなくて。
で、なんだったっけ。
そうそう、なのに、私の体・体型までもこの世の中に順応しちまって。くっそ~!変で納得のいかない事になってきてるやんか~。
不吉な力が贅肉や脂肪を私の体に忍び込ませ、動けば痩せる時代は終わった・・・のか。

私って反体制、反勢力の側にいたよなぁ、いつも。なのにこうして、がんじがらめにされて、納得させられてしまうのか。ううう・・辛い。辛すぎる。あ、また表現が大袈裟?

どこからともなく声が聞こえてくる・・・
「そうなんだよ、それが中年ってことなんだよ。おまえも立派な中年になったんだよ。若くはないんだよぉぉぉぉ・・・・・・」
[PR]
# by takeotae | 2006-02-09 22:06 | Comments(2)

1メートルの紐

中学の時、数学のN先生が授業中、「1メートルの紐(ひも)を3で割りきれるか?」と私たちに聞いた。
教室がざわざわと、「33,3333・・・・・・センチやんなぁ。割り切れるわけがないで。」とみんな口々に答えた。
すると先生は、突然紐を出して「これはちょうど1メートルの紐や」と言って、きっちり3つに折り、折れ曲がっている2ヵ所をはさみでブチッ、ブチッと切った。
「きれいに3つに割れたなぁ」と笑った。

へ~っ!?そうなんや。計算では割り切れへんのに実際はスッパリ割り切れるんや~。ふ~ん、そうなんやぁ。へぇ~・・・。ふぅ~ん・・・。と、えらく興奮した。

それは長い間、私の中で封印されていて、私がこの事を再び思い出したのは子どもができてからである。
パニック障害(何度も出てきて申し訳ないです)というのは私にとって当時とてつもなく怖い存在で、いつ起こるか分からない発作のためにナーバスになり、行きたいところ、やりたい事、どんなこともスッと行動に移せず、いつもいつも頭の中で発作を起こした自分を想像して尻込みしてしまっていた。
21年というキャリアを持ってしまうと、ええい、来るなら来い!その時はその時だ、なってから考えるわ、と開き直る事も出来るようになったけど。
子どもたちが小さい頃はそういう免疫もなく、毎日頭でっかちにあれやこれやと考えてはフラフラになっていたんだ。

そんな時だった。フ~ッとN先生の1メートルの紐の話が突然、本当に突然、何の脈絡もなく蘇ったんだ。
そうだ、そうだ。これだよ~。子どもたちには1メートルの紐で生きていってもらおうって思った。
1÷3を延々と考える人じゃなく、「ええい!辛気臭いぞ!紐出しなよ。スッパリ、きれいに等分してやるからな!」ってピシッとやってしまえる人。(1÷3を考える人を否定してるんじゃないです。そこんとこご理解よろしく!)

自分自身を反面教師に、子どもたちには「グダグダ考えんでもエエやん。やっちゃえ、やっちゃえ。」と、はっぱをかけてきた。それが良かったのか、悪かったのか・・・よく分からない。
うちの子どもたちは、考える事が実に苦手だ・・・。考える=面倒くさい、という図式を持っているように見える。
ううう・・・人生80年、結果はまだまだ。20歳と18歳、ほぼ性格も固定しつつあるか・・・。いやいや、まだまだ・・人は変わるからおもしろいんだし。

N先生はだいぶ前に亡くなってしまった。
生きていたら聞きたかったなぁ。「きれいに3つに割れたなぁ。」と笑った後、先生は何とおっしゃったのか。何のために(何を言いたくて)1メートルの紐を切ったのか。
聞けないのが残念だ。

先日、幼なじみに会って、N先生のこの事を聞いてみた。
「ん~、N先生は覚えてるけど、そんな授業覚えてないわ。」だって・・・。古い古い話だもんね、しかたないか・・・。

ねぇ、ねぇ、誰か、N先生のこの授業の後半部分覚えてないですか~!?
[PR]
# by takeotae | 2006-02-01 20:39 | Comments(3)

基本  けど、それが全て

”生きてるだけでいいよ”
それが基本でそれが全ての子育てをしてしまった。
けど、何度人生やり直しても自分にはそれしか出来なかったかもしれないと思う。
なんか、ベタな自費出版本のタイトルみたいでイヤなんだけど、語彙が少ないのでこれ以外の表現がない。

生きてたらいいの?じゃあ、な~んにも気にならなくて、子育てほっぽりだしたの?って思われそうだよね?細かく思い起こせば、日々当然いろんな事が起こり、色々考え、悩み、喜び、泣き、叱り、笑い・・・当たり前にありましたよ。
でもね、最後の最後には奴らは奴らなりに一生懸命生きてるやんって、ちょっと感心したりしてしまうわけです。
っていうことは、あなたの子どもさんたちはまともにちゃんとしてたのね?って思われそうだよね?
でもね、みんなそんなにかわらないと思うのですよ。自分の出し方色々・やり方それぞれ、だと思うのです。たぶん、きっと奴らは奴らなりの方法を編み出しているに違いない。親ごときに手のうちを見せてなるものかと思っているに違いない。と思うと、最後の最後には必死で生きてるやんって、気持ちが熱くなったりするわけです。

結婚は私にとって最初は修羅場だった。結婚というものは私に打撃を与え、へこませたにもかかわらず、家族は私をとても温かく成長させてくれた。
特に、子どもたち。彼らは何とも不思議な存在だった。神経症を患いながらの子育ては確かにきつい、本当にきつかった。元々、中途半端なおとなになりきれていない私という人間にとって、彼らはこの上ない不思議な存在だった。それは、とてもとても愛しいという感情なのだということに気づかないまま、一緒に生活していたことになる。
今なら理解できる。不思議という感覚は、そのままにしておきたいという事、素のままで自由に生きて欲しいという事、何者にもとらわれて欲しくないという事、外部の力で変わって欲しくないという事・・・まして、私の価値観などで右往左往して欲しくもない・・・不思議は不思議のままでいてほしかったのだ。そう、それほど愛しいものなのだ。

てなことをいつも胸の奥のほうに持っていたから、”生きてるだけでいいよ”になってしまう。

何故、こんなことを今日書いたのか・・・
テキパキと仕事をこなし、理路整然と人の話の受け応えをし、他人の悩みにはいとも鮮やかにアドバイスし、フリーズなどしたことのないPCのような女友達が「胃が痛くて、頭も痛い、眠れない・・・」と言う。よくよく、聞いてみると、息子さんが大学受験真っ盛りなのだ。
とても偏差値の高い、デキル息子さんなのだ。学力然り、運動神経もそう、なんとバランスの良い息子さんだろうと感心する。
やはり、そうなるように彼女たち夫婦は教育したのだ。とても世間との折り合いがいいなと思う。

そして、とても羨ましい気分になった。
日本の中にいて、きっちりと日本人が今良しとするもの・評価するものを伝えている。それは自信と信念と希望に満ちた価値観だ。生きてるだけでいいよは彼女の前ではただのたわごと、戯言になる。清々しい惨敗感・敗北感だった。

そして、清々しい気分で、自分(私たち夫婦)の子育てをもう一度振り返ってみたら・・・。
やっぱり、まぎれもなく”生きてるだけでいいよ”なんだなぁ・・・
[PR]
# by takeotae | 2006-01-28 17:24 | Comments(0)

久々の良き日!

いや~、良い日だった!
久々に、自分の体が全開フル稼動した感じ。こういう日は訳もなく、全てのものに感謝したくなる。
別に、何か特別な事があったというわけでもなく、嬉しい約束があるというわけでもない。なのに、世の中の嫌なことが隅に追いやられて、私の視野の中に入ってこない。心が何だかとっても透明で、純粋無垢な人間になった気分。

あるよねぇ、誰にでもこんな日が。(エ~ッ、ただの躁鬱傾向の強い人の、躁状態って?うぅ、そうかもしれん・・・あ、いやいや、違うってば~)
きっと今日は、宇宙から出ている波長と私の波長が、ぶれることなくすっかり重なったんだと思う。あるいは、とっても良い感じにコラボしたかだ。

こういう日は心に余裕があって、私の中の良い潜在意識がむっくりと起き上がって、私の顕在意識の扉をたたく。
「人生はまばたきだよ。束の間の夢のようなものサ。」(松田育三先生のお言葉を自分なりにアレンジしちゃいました) うん、そうそう、そうだったんだ。あ~、忘れてたよ、すっかり。
悩んだり、凹んだりする時間なんてないんだった。まばたきだよ、凹んでどーすんだよ。束の間の夢だよ、思いっきり楽しい夢見なきゃね。

・・・ったく、鬱々してる時って、このお言葉もむっくり起き上がれないほど潜在意識も疲れちゃうんだよね・・・ったく、困ったもんだよな。・・・ブツブツ・・・

気持ちよ~く仕事しながら、「今年こそ、潜在意識改革だ~!」と、もう一度決心する。(実は、元旦から密かに誓ったんだ。だから、もう一度って書きました・・)
元気で調子の良い時は大きい顔してこういうことが言えるんだな。(え?調子悪くても顔は大きいよ・・おまけに丸い・・うぅ、ほっといて)

何だか話が良く分からない方向に行ってる?
”自分の精神的虚弱体質は、潜在的に持ってるマイナスの自己イメージのせいではないか”と思い、それならついでに自分が自分をどうみているのか、探ってみようというのが、このブログを始めたきっかけなんです。

かのエミール・クーエは「潜在意識は誘導可能である」と言ってるし。マイナス因子いっぱいの自分に対するイメージをプラス因子いっぱいに変える!エミール・クーエが正しいか否か、私自ら実験台になろうということなんですわ。

・・・ってなことを、埃まみれの仕事の最中に、心はどっこい雲ひとつない晴天だぜ~と、胸膨らます少女のようにあれこれ想っていたのです。
[PR]
# by takeotae | 2006-01-25 22:45 | Comments(0)

名前に惚れた!

一目惚れは一度もない。
なのに、なのに、名前に惚れた。一目惚れならぬ、一耳惚れ?

昨年の秋、
「おーい、ユーダーイ!」「ババ ユーダーイ!」「ババァ~!」と、連呼する声。
めちゃめちゃ、爽やかな気持ちになったのだ。

おぉ~、なんという名だ。  ババ ユウダイ (漢字は分からない)
すがすがしい。

そして、今日、久しぶりにその名を聴いた。
大勢の子どもたちが2年生の花壇に集まって理科の授業をしていた。その時、「ババ~」「ユウダイやれよ~」 そして、先生が「じゃあ、ババさん頼むね」

あ~っ、ババ ユウダイではないか!そうか、小2のボクだったのか。いったいどの子なんだろ。
そこで、邪念が入る。ジャイアント馬場もいたなぁ・・・。いや、違う、ジャイアント馬場の名には、すがすがしさがない。
だって、”ジャイアントが馬場なだけ”じゃないか。
それに比べて、ユウダイ君は”ババがユウダイ”なんだゾ!どうだ!

想いは膨らむ。
もし、授業中、大の方をモヨオシタなら・・・「先生、トイレに行ってもいいですか?」なんて姑息なことは言わない(だろう)。 きっと彼は「先生、ウンコに行って来ます!」と、きっぱり爽やかに言う(だろう)。
大人になって、就職し、お腹の具合が悪くて職場に行けなくなったなら・・・「体調不良で休みたいのですが」とか「私事都合のため休みます」なんてことは言わない(だろう)。きっと彼は「俺、下痢なんです。こんな状態で仕事できません!」と、きっぱり爽やかに言う(だろう)。

あぁ、なんてステキなんだろう。

食べ物の偏食もないんだろうな。「いただきま~す」と、大声で言って何でもバリバリ食べてしまうんだろうな。「うまかった!」と言って、りっぱな大きなウンコをして、また遊ぶんだろう。

あぁ、ステキだ。

想いは、さらに膨らむ。
きっと、この名前を付けた親御さんは、きっぱりさっぱりした人に違いない。ババ タロウでもなく、ババ イチロウでもなく、ババ リョウタロウでもなく、ババ ユウダイと付けたのだから。
どんな時も、逃げも隠れもせず「私がババだ!」と、名のれる人に違いない。

あぁ、ステキだ。

止まらない。どこまでも想いは膨らむ。

しかし、ユウダイくんがどの子なのか分からない。どこかですれ違っていても分からない。それも、またステキだ・・・。
[PR]
# by takeotae | 2006-01-18 00:42 | Comments(3)

1月9日 娘、成人式

嬉しかった。本当に素直に嬉しかった。何故だか分からない。ただ、静かに穏やかに嬉しかった。

成人式に重きをおいているわけでも、二十歳をすごい節目に想っているわけでもない。どちらかというと私は式とかイベントとかが好きではない。

なのに、この日、私の心の中からあふれ出たのはこの感情なのである。あまりの唐突さと当たり前さに自分で驚いてしまった。こんな気持ちになれる自分にもチョットだけ嬉しかった。

感情にもフィルターがかかってから時がずい分経ったような気がする。
彼女が持っている素直さ・真摯さ・透明さがこの日は何故か私の心のフィルターを溶かしたみたいだ。この日は彼女にとっても特別な日だったのかもしれない。

いつもさりげなく支えてくれる娘(こ)だ。家族が迷った時に道標になってくれる娘だ。他人をわずらわすことなく、重くなく、寄り添える娘だ。目立ったものは何もないけどふんわりと包んでくれる娘だ。・・・そう、私たちの自慢だ。

本当は「おめでとう」じゃなく「ありがとう」という言葉を贈りそうになったんだ・・。

私はまだ母親の自覚はない。ずっと、中途半端だから自信がない、だから自覚がないんだろうと思う。
彼女がお腹にいる妊娠5ヶ月の時から、私は迂闊にも、いや、不覚にも神経症を患ってしまった(パニック障害)。お腹の中から彼女にはずい分辛い思いをさせてしまった。私の病歴と共に彼女の成長がある。それが悔しくて、情けなくて。きっと、自責の念が私を萎縮させてるんだろう。

私 「まだ、母親って気がしないんだ~」
娘 「いいやん、今までだって友達みたいにやってきたんだから~」
[PR]
# by takeotae | 2006-01-11 23:35 | Comments(0)

ただの地球人

自分が限りなく、ただの地球人に見える。
???何言ってんの?当たり前やんって言われるだろうけど。

私には周りの人たちがスーパーマンに思える。彼らはみんなスーパー星から地球にやって来て住んでるスーパー星人じゃないかと。だから、つまり、スーパーマンに見えてしまうわけです。

健全な肉体に健全な精神が宿る。
*この言葉には真っ向異論を唱えたいんだけど・・・だって何がしの障害を抱えると健全な精神が宿らないのかと思ってしまう人もいるやんね。ま、健全な肉体の定義をちゃんと知らないから強く書けない。(ひょっとして、この言葉の”健全な肉体”の定義が”機能できる部分の肉体を正しく機能させる”ってことだったら・・・ね、ちょっと意味が変わるし・・)*

話がそれたけど、この言葉を納得してしまう昨今。昨年の後半から下り坂の我肉体とこの前書いた。昨年11月は初めての1ヶ月病欠という惨事にみまわれ、おまけに年始早々の風邪。
昨日、今年初めての出勤。全てが自分の身体の弱さゆえの責任に思えてきて(誰も私を責めたりしないし、何一つ支障がなく変わりなく世の中は回ってるのにねぇ)、ただひたすら低姿勢。
そう、自分勝手に卑屈になって弱腰。

馬鹿じゃないのぉ~って思われるかもしれないけど、
朝目覚めるとまずラジオをつける。いつものようにいつものDJが元気にトークしてる。あぁ、すごいなぁ、この人スーパーマンだ。毎日毎日同じ時間にこのテンションでよく喋れるよなぁ・・と思う。
連れ合いさんが起きてくる。あぁ、偉いよなぁ、この人もスーパーマンだぁ。毎日毎日鋳型にはめられたような職場によく通うよなぁ・・と思う。
職場に着く。相方さんを見る。この人もスーパーマンだぁ。毎日毎日版で押したように(彼は年休を使わないのが自慢だ)よく働くよなぁ・・と思う。
仕事帰り、夕飯の食材を買う。近所の主婦に会う。この人もスーパーマンだぁ。毎日毎日大家族の食事・家事、うちの5倍以上の食材をあっという間に買い込む。すげ~な・・と思う。
母から電話が来る。この人こそ超スーパーマンだぁ。過酷な人生を気合と気力だけで乗り切った人。真似できない・・と思う。
姉夫婦から電話が来る。あぁ、ここにもつがいのスーパーマンがいたぁ。今度のいついつ食べにおいでという。この夫婦は二人とも大概の人がビビル病気を患っている。にもかかわらず、二人して明るく世話好き(義兄は自分が食べてはいけない料理をバンバン作っては人に振舞う)。完全に完敗・脱帽・・してる。
等々・・・。周りにいる人みんな、どっかでエネルギー補給(車がガソリン入れてるみたいに)してちょっと具合悪くなったら部品取り換えて、さぁ、がんばるぞ~!いつもハツラツ!みたいな錯覚に襲われる。

で、自分を見たら・・・ふぅ~ん、ただの地球人お一人様み~っけ。てな錯覚に襲われるわけ。

あぁ、健全な肉体はともかく健全な精神だけでも取り戻さないと、えらいことになるよな・・・。
[PR]
# by takeotae | 2006-01-07 10:53 | Comments(2)