インターネットラジオ パーソナリティしてます♪ 毎週金曜12:00~12:30『ゆるゆるTAN-TANメモ』★「ゆめのたね ラジオ」で検索(http://www.yumenotane.jp)→「関西チャンネル」下の▲をポチッと押すと世界中どこからでも聴けます!
by takeotae
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枠組みをはずす作業

なんて早いんだろう。あっという間に4月も半ばになろうとしている。
ボ~っとしていた。いろいろな変化で、何も考えず、ただ、事の成り行きを見守っていた。
歳をとると1日はゆっくりしてるのに1週間、1ヶ月、1年はすぐに過ぎると言った友人がいたけれど、確かにそうだなと思う。

ボ~っとしながら、自分の今までの居心地の悪さは”思い込み”以外の何者でもないと気づきかけている。
すっかりなくしてしまった自信を取り戻せるかもしれないと想いはじめている。

他人が見ている自分と自分が感じている自分とのギャップにいつもジレンマを感じ、フーフー言っていた。うわべの自分と本当の自分に違和感を感じてフラフラになっていた。
時の成り行き、事の成り行きに身を任せて(たまには他人にちょっかいをかけながら)さまよっていたら、”思い込み”の世界にぶち当たった。

モラルにはまりやすいイイ子ちゃんっぽい私は、自分をとっても呪縛してしまう。追い込んでしまう。狭い狭い世界で自分の理論を築き上げてしまって自己満足してしまう。独りよがりの偏った観念で良いことをしなくちゃと思ってしまう。思った以上、実践しないと気持ちが悪い。出来ないと自分を責める。このサークルゲームから抜け出せずにいったい何年生きているんだろう。

と、ボ~っとしながら考えた。全てはすり込みの世界だ。蓄積された世間の価値観に翻弄されていただけだ。もっと賢くなろう。世間では”もっとバカになれ”と翻訳されるのかもしれない。

いつも言葉に出来ない何かで、こういうことは感じていた。やっと、自分の言葉となって理解できつつある。一人でこの謎解きが出来たのではない。
高校時代の同期のTくん、中学時代の友人Hヤンとその友達、恩師のG先生、今私が学生しているカレッジのS先生と仲間たち、そして”人は自由でいい”といつも感じさせてくれる我が連れ合いさん、それから、多くの本たち。
それぞれの言葉や想いが繋がって、やっと・・・。

はずしやすそうな枠組みを1つ、はずしてみた。なんでこれが今まで、はずれなかったのだろう。そして、また1つ。はずす要領が分かってきたのかな。

もう少し、”思い込み”の枠組みをはずす作業を続けてみようと思う。何だか、その作業がおもしろくなってきた。いったい何本の枠組みがはずれるのだろう。
思い込みの枠組みで、今まで私は立っていたのだろうか?支えられていたのだろうか?動けなくなるほどしっかりと?

枠組みをはずす作業を終える頃には、私は軽くなって自由に飛びまくっているんだろうな・・と思う。きっと、瞬間移動もなんのそのだ・・と思う。

そうです、これは体の話ではなく心の話です。
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# by takeotae | 2006-04-14 01:08 | Comments(7)

春が来たぁ~!

今年も我が家に春が届いた。
いかなごのくぎ煮である。神戸から毎年こうして春がやってくる。
中学3年の時の担任だった恩師から、その年、その年の海の様子・いかなごの様子・時世批評などを書いた手紙とともに、我が家に春がやってくる。
本当に暖かな幸せな気持ちに満たされる。

子供達が幼い頃は毎年彼らがクッキーを焼いてくれて、いかなごが入っていたタッパーにクッキーを詰めてくれる。それを私が宅急便で送る。連れ合いさんは「先生元気なんやね」と言いながらくぎ煮を味見する。そんな定番の初春の風景が微笑ましかった。

今は子供達はそれぞれに生姜味・山椒味のくぎ煮のタッパーを見つけて「今年も来たの~!」と頬張る。連れ合いさんは「お礼言ったか?」と私のずぼらな性格を心配し、味見をする。私は先生が元気でいらっしゃる事と毎年の心遣いに感謝しながら、我が町自慢の美味しい海苔を送る。(注:この海苔は石原軍団・ユーミンも取り寄せるという本当に美味しい海苔なんだ。ちなみに私は普通食を食べる時期からずっとこの味で育ってますが。)
今ではこの風景が初春の定番になりつつある。

先生、今度はいつ同窓会しましょうか?

10年前の同窓会、私は幹事の特権?とばかりに母校の制服を(当時の学生に借りて)着てはしゃいでいた。
昨年の同窓会はもう一人の幹事に「コスプレいややでぇ」と先に言われて制服姿再現ができなかった・・グッスン・・。あれってコスプレなの?私は忠実に中学当時を再現したかっただけなのになぁ。まぁ、歳・顔・肌・艶にはムリがある?・・うう・・認めるわ・・。
でも、先生感激してましたよね?「うわ~、タンちゃんまだ(制服)持ってたん!?」って歓喜の声をあげていたもの。
同窓会を先生へのささやかな贈り物として考えているんだけど、本当に喜んでもらって、やっぱり私は幸せ者なんだなぁ。

今度の同窓会は一度着たかったスッチーの制服を友人から借りようかと密かに企んでる。いやいや、やはりセーラー服がいいか・・・???

我が家に春がやってきて、春うらら・・・♪
アツアツご飯にいかなごのくぎ煮を頬張りながら、大空を羽ばたく空の上で笑顔をふりまくスッチーに変身するか、希望いっぱい胸いっぱいで春の門出を祝うセーラー服の女学生に変身するか・・・迷いあぐねている。

*なにはともあれ
毎年のことながら、う~ん、生姜味もウマイ!山椒味もウマイ!あ~、甲乙つけがたい・・・。
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# by takeotae | 2006-03-23 19:36 | Comments(0)

しっかり歩けないけれど

まだ、少ししかこのブログ書いてないのに、早くも迷いが。そうなの、しっかり一本道を歩けない不埒な性格ゆえ、歩きながらもフラフラとしてしまう。
最初、自分の内面を見つめようとブログを始め、でもやっぱ日常のしょうもないことも書こうと思い、う~ん、優しさ探しをしようかと・・・い~や、お笑いっぽいのもいいんじゃないかと思い始め・・・けど、ネタが続かんし・・・結局つまり、頭の中バラバラ・・・。ふ~っ。う~ん。

病気日記にならないように、精神世界ばかりに目が行かないように、馬鹿げた事ばかりに呆けていないようにetc 色々思い巡らせど、どれもこれもピンと来ない。
やはり、歩きながらフラフラさせてもらいましょうか・・・。

そんなこんな、フラフラの私ですが、この週、(仕事は大忙しだけど)嬉しい事がいっぱいありました!

初めて会った方から「とっても笑顔が素敵ですね。本当に表情がいいですね。」と言われ、身も心も舞い上がってしまったぁ~(もちろん女の方ですよ)。

ホワイトデーの日、職場に何やら不思議な箱が・・・。ジーっと近づいて見るとモロゾフの缶。ギェッ、何?私の大好きなモロゾフが何でここに?袋を開けると「いつもコーヒーをありがとうございます」と書かれた名刺がハートのシールで止められていた。キャーッ!教材屋さんだぁ。へ~っ、Nさんていうんだ・・・。
これには長い説明が必要だわ。我校の6年生がユニセフに寄付がしたいというのがきっかけで、じゃあなにが出来るかってことで、自分たちの持ち物、家にある不用品を集め、バザーをしたんだ(私ホント感激しました!)。その時、とっても可愛いコーヒーカップを5客かったのです。で、どうしても誰かに飲ませたくて、「すごく嬉しい買い物をしたんです。とてもかわいいカップなんですが、コーヒー飲んでくれますか?」と教材屋さんを巻き込んでしまったのよ。ほぼ毎日顔を合わすけど、挨拶しかしたことがなかったんだ。とても真面目そうで優しそうな感じの人なので、拒否しないだろうと・・・(ごめん、教材屋さん)。以後、数回しか入れてないんだけどナ・・・。
予期せぬこのプレゼントはメチャ嬉しかった!気持ちがほんわか、ほんのり、ぽかぽか。

そして、(精神的病気のせいで?)いつも勝手気ままな私に「タン!何でしんどい時にしんどいって言わんの!親友だと思ってたのは私だけ!?」という、アッパーパンチを喰らわされてしまった。そうなんだ、一人でイジイジしてたんだ。誰とも接触したくないと(口では言わず)NOの信号を発してた。寛大な彼女もとうとう堪忍袋の緒が切れた・・・。私はとうに今更謝れず、悶々と「な~くした、なくしてしまったぁ~。31年来の親友を」と心で泣いてたんだ。
ありがとう、本当にありがとう。心に栄養が染み渡った瞬間だった・・・。

こうして、嬉しかったこと書いてみると、人嫌いなんて言ってられないよな。充分、人から暖かい贈り物いっぱいもらってるやんね。

歩きながら迷って考えて、いつもフラフラしてるけど、それはそれで行き着くところがあるんだろうなと思ったりもする。
真っ直ぐ一本道を歩ける人がいて、フラフラ寄り道する人がいて、立ち止まる人がいて、もぐってしまう人がいて、それでも、違う歩き方の人とどこがで出会って共感したり、共鳴したり、納得できなかったり、分かり合えなかったり・・・それでも、歩き続けたら全てが解けていくパズルのように「ああ、こうだったんだ。」と分かり合えるような気がする。

やっぱ私、性善説かも。ブログ始めて良かったかなって思うのはこんな時かなぁ。分からなかった自分が見えてくる。ボーっと、してたものが形になる。
*たまちゃ~ん、私ってやっぱ~性善説だったわ。いつも色々投げかけてくれてありがとね!
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# by takeotae | 2006-03-16 22:23 | Comments(3)

47歳!いや、43歳?

3月10日、実年齢47歳になった。
自称年齢43歳。何でぇって?我が連れ合いさんが昨年の私の誕生日に「45から歳とらんとこか」と言い出した。45歳を天にどんどん若返っていくんだ(昨年は実年齢46歳だったので自称44歳)。て、ことは90歳で0歳だよ。私の人生最大90歳止まりか・・・ま、上等か。

けどけど、なんて幕開けだ!う~ん、何と理解しようか・・・前途多難?
いきなり首が回らない、痛い、頭まで響く、気分が悪い、唾を飲み込んでも首が痛い、肩が引きつるetc。おまけに天気は雨。
午前、歯を食いしばって仕事。痛さを忘れようと仕事。んなことやっても効き目なしに決まってるやん。痛い!とにかく痛くて息が乱れる。
正午すぎ病院に駆け込む。昨年ヘルニアで動けなくなった時運ばれた病院なので、最初は「12時を過ぎていますので」と断りかけられたが、向こうもすぐ事態を察して「どうぞ」と通してくれた(待合室までの話。後は全ての患者さんを待ち2時過ぎまでかかったゾ)。
昨年の9月から10月もこんな状態になって、11月とうとう腰にまで及び寝たきりになった。その時さんざん腰に放射能を浴びたのに、前回拒否した首にも、とうとう浴びてしまった。う、う、う・・。
椎間板に続き、頚椎のヘルニアかもと疑っていたので、観念したんだ・・。
結果はシロ。早い話が「首の骨が異常に細くて、頑張りすぎると負担になってこういう状態になる」ということ。脆いとかカルシュウム不足とかではなく、生まれつきのものらしい(華奢ってことだって)。

昨年からの骨にまつわる病気を思い起こすと、Drの言う通り”今の仕事が向いてない”ということになる。
やはり前世は、箸より重いものを持ったことのないお嬢様か姫か・・・というところだな・・・うん。とえらく納得してしまった。んなことあるかい!って?ごもっとも・・。
自ら希望していった肉体労働、3年でこんなに体がガタガタになるのか。やはり、世の体張っている仕事の方々は偉大だということだな。ホワイトカラーの職よりブルーカラーの職に尊敬の目を向けていた自分の感覚に、間違いはなかったナ。

何の話だ。誕生日の話だった。てなわけで、ぼろぼろの47歳のスタート。それもまた良し、乙なものじゃないですか。
がぜん、ファイトが湧いてきた。さぁ、この状態からどう這い上がろうか。(今こうして薬が効いている間は何とかPCも触れるんだよね。薬の力ってすごいね。)
精神力だけじゃなく肉体的にも弱かったってことか・・・。よしよし、47歳、今年はとにかく精神面を徹底的に鍛えましょ。

昨日の雨はすっかり上がって一日たてば晴天だぁ~!そうそう、人生なんてこんなものよね~。45歳を境に若くなってゆくのも、まんざら夢物語じゃないかもね。
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# by takeotae | 2006-03-11 11:46 | Comments(6)

雨 その2

また雨だ。まるで、このまま雨季に突入して晴れないんじゃないかと思ってしまうくらい辛い。何でこんな日も働かないといけないのだろうって、真面目な人たちに叱られそうな事を思う。
こんな日はずっとエンドレスで徳永のバラードをかけて、ゆるゆるとパジャマのまま過ごしたい。

徳永との出会いはずっと昔の話で、私は程よく若かった。TVをつけると、たけし(北野たけし)が唄を歌ってた。何だか知らないけど、真剣に聞いていたわけでもないのに、おまけにヘタだったのに、すごく胸にしみた。
その時の自分の置かれていた状況が強く影響したんだと思う、たぶん。この唄何?って。後で”壊れかけのRedio"だと知った。たけしの唄は本当に全然上手くなかった。なのに、すごくすごく胸の奥の方めがけてチクチクと刺激したのだ。
それから、徳永英明の静かなファンになった。(静かなっていうのは、わ~っ、好き!ってんじゃなくて、ふとした時、でもずっと忘れることなく聴き続けているってことです。)

娘や息子もいつの間にか静かなファンになっている。私よりたくさんの曲を知ってる。彼らが幼い時も何気なくBGMに流していたからだろう。こうして、意図したわけでもないのに、子供たちの中に入っていってるんだ。
親という存在はこんなにも影響力があるんだ、怖いな・・・。

雨の日は、気持ちを逆撫でされなくて、さりげなく優しいものが側にあると、それだけで心が軽くなる。
そうなんだ。さりげなく優しいものをいっぱい持てばいいんだ。そうか、こんなことに今気づくなんて。

ちょっと、これから優しいもの探しにでかけます。では、また。


    
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# by takeotae | 2006-03-01 17:50 | Comments(0)

雨が嫌いだ。心が開きにくくなる。閉じよう閉じようとするのが分かる。

周りの雰囲気に流されないように、周りの空気に巻かれないように、そうなりたいと最近頑張ってきたけれど、やはり私にとっては難しい事・・・。

「雨の日は気が滅入るんだ・・・」と、何度連れあいさんに言ったことだろう。今朝も言ってしまった。もうそろそろ、こんなマイナーな言葉は止めようと思うんだけど、つい。
「やっぱり、イギリス辺りじゃ住まれへんな。どんよりしてるっていうし。」って、返事が返ってくる。
うん、いつもありがと。こんなどうしようもない会話にちゃんと応えてくれる。いつもその優しさに救われている。
ああ、情けないな・・・。私は救われる人、助けてもらう人。誰をも救ったり、助けたりしたことがないよな・・・。本当に情けないなぁ。

私の周りにいてくれる人はいつも優しい。こんな私を嫌がらず、距離をとらずに同じ所にいてくれるってすごい事なんだよね。

25歳、神経症発症、以後自分の性格が大きく様変わりした。
自律神経失調症だの不安神経症だの心臓神経症だの、色々言われ十数年前にDrが嬉しそうに「世界の共通名がやっと決まりましたよ。パニック障害です。」と、私に告げた。
心の中でフン!と思ったのを覚えている。病名なんてどうでもいいんだ。治してくれよ~、と。

多くの事が苦手になった。人と会う事、家に来られる事、強制される事、お通夜、お葬式、新聞、ニュース、噂話、井戸端会議、お見舞い、病院、電話etc・・・そして雨。
21年も経つと緩和されているものもある。けど、苦手意識はとれない。そして、後遺症が、私はダメ人間だ、私は変になった、昔の自分にはもう戻れない、という意識。心の奥のほうに住み着いて取れない。

連れ合いさんが言う「全ては過程。まだ、何も決まってないんやで。人は常に変化してるねん。その過程にそれがあり、過去がある。どっちが本物かとかそんなん関係ないで。通過点の一つひとつに反応せんでもいいやん。ぼちぼちな。」と。
友人が言う「住み着いた意識、何で取らないとアカンの?それもこれも持ってたらいいやん。それ以上のパワーもこれから住み着かせて、何もかもひっくるめて自分として持ってたらいいやん。」と。

私はいつも何かに囚われてるんだろうな。余裕がないもの。

オノ・ヨーコが言った(と思う、間違ってたらごめんなさい)「世の中の普通、当たり前と言われている価値観は偏見に満ち溢れている。そんなものに従えない。」と。
彼女はこうも言った「ヨーコのアートなどというけれど、それは嵐の中を歩いた足跡みたいなもので、振り返ってみる気はしない。その時そういう歩き方をしなくてはならなかった、ということなのだろう。」と。
いつか、さらりとこんなことを言える自分になりたいな。彼女はどんよりとしたグレーっぽい、ころころと天気の変わりやすいイギリスの空の下で、さらりと自分を持って生きていたんだなぁ。
ジョンが惚れたの、分かるよなぁ。(って、そこんとこの事情知らないのによくこんなこと書くよなぁ、私)

雨、止みそうにないな・・・。今年の二月は何でこんなに雨が多いんだろう。心閉じたくないのに。

・・・今度、思いっきり明るくて可愛い傘を買おう!開くと心がパッと楽しくなるような。
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# by takeotae | 2006-02-26 13:24 | Comments(0)

鴨ちゃんに贈るバラード・・・は、書けない。

2月14日、バレンタインデー。
昨年のこの日、鴨ちゃんは逝った。

ブログに何度も鴨ちゃんのことを書こうとした。書きたかった。胸に刻んでおきたい人だから。
けど、やっぱり書けない。文字にすると薄っぺらくなる。私の文では伝わらない。深さも重さもなくなってしまう。

寝屋川小学校殺傷事件。なんという事件名だ・・・。鴨ちゃんは全国区の人になった、最後の最後に。
教師が天職だった、そう報道された。その通り。みんなの恩師だった、と報道された。その通り。
今なお、鴨ちゃんを訪ねて教え子が来る、と報道されている。その通り。手品が好きだった。その通り。
何一つ、間違いはない。けど、違うんだ。もっと、本当にもっと深くて重くて言葉には出来ないものを私たちに残してくれたんだ。

教師という職人だったね。
教育委員会が、文部省が、国が、コロコロと教育指針を、方針を塗り替え、文言だけの中身のないものを提示しようが、ただひたすらひとつひとつ、素材と対話し、同じものなど作れない、作らない職人教師。

・・・これ以上書かないでおこう。文字は真実をつ伝えるのだろうか・・・鴨ちゃんに贈る言葉は書けない。

25年前、ジョン・レノンの訃報をラジオで知った時、私は某ビルの5Fのデザイン事務所で広告のイラストを描いていた。その時、そのビルが揺れた。みんなのどよめきで確かにビルが揺れた。
1年前、鴨ちゃんの訃報を知った時、私の体が揺れた。みんなの体が心が揺れた。ビルが揺れるよりももっと大きな力が私たちを揺らした。

やっぱり・・・鴨ちゃんに贈るバラードは、どうしても、どうしても・・・やっぱり、書けない。

ごめんなさい。独りよがりな、訳の分からない文章で・・・。
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# by takeotae | 2006-02-14 01:08 | Comments(4)

中年

2週間前だったか3週間前だったか、記憶が定かではないがウィルス性の胃腸炎にかかって苦しんでいた。私のブログを読んでくださっている方はきっと「なんて!?また病気してたの~?」って思われていることでしょう。はい、私、病気の宝箱持ってます・・・。自慢にも特技にもならないんだけど。

いや、そんなこと今、どうでもよくて。何が書きたいかって、ものごっつい(ものすごく、を通り越して、この表現)腹立ってる!!
実は3日間ほとんど食べていない状態だった。その後も柔らかくて流動っぽいものしか食べれなかった。なのに、なのに、その時点で体重はたった500gしか減らなかった!うそだろ?と思ってもう一度ヘルスメーターに乗る。えっ?うそうそ・・うそだ。そして、もう一度乗る。何度乗っても、たった500gだ。そう、キログラム表示だとわずか、ホントわずか0,5なんだよ・・・。
その後、徐々に体調は回復し、元の食生活に戻ったとたん、な・な・なんと2,5㎏太っているではないか!グラム表示だと2500だぁ~!!うっそ~!?

納得がいかない。実におかしい。変!あんなに苦しみ、痛くて辛い想いをしたその報酬がたったの500gの体重減。普通に戻っただけで2500gの肉をどっさり快気祝いに(?)くれるとは・・・。なんでやねん!吉本の芸人じゃなくてもつっこみたくなるわさ。

今の世の中、めちゃくちゃ変で納得のいかないことばかり。真剣に真正面から受け止めて考えてたら身も心もズタズタになりそうやん。どうにもならない不吉な力が私たちの色んなことをがんじがらめにしていってるやん。昔のような、私たちが動けば何かが少し動く、そんな時代じゃなくなってきたやん。
だからって、逃げるわけじゃないけど、ちょっとでも楽しい事探したり、顔をあげて生活できそうな小さな喜びを見つけたり、些細な幸せって言うんでしょうか?そういうものを束の間でも味わおうとしてるのに・・・

って、メチャ大袈裟?すみません・・・。いつも表現の限度が分からなくて。
で、なんだったっけ。
そうそう、なのに、私の体・体型までもこの世の中に順応しちまって。くっそ~!変で納得のいかない事になってきてるやんか~。
不吉な力が贅肉や脂肪を私の体に忍び込ませ、動けば痩せる時代は終わった・・・のか。

私って反体制、反勢力の側にいたよなぁ、いつも。なのにこうして、がんじがらめにされて、納得させられてしまうのか。ううう・・辛い。辛すぎる。あ、また表現が大袈裟?

どこからともなく声が聞こえてくる・・・
「そうなんだよ、それが中年ってことなんだよ。おまえも立派な中年になったんだよ。若くはないんだよぉぉぉぉ・・・・・・」
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# by takeotae | 2006-02-09 22:06 | Comments(2)

1メートルの紐

中学の時、数学のN先生が授業中、「1メートルの紐(ひも)を3で割りきれるか?」と私たちに聞いた。
教室がざわざわと、「33,3333・・・・・・センチやんなぁ。割り切れるわけがないで。」とみんな口々に答えた。
すると先生は、突然紐を出して「これはちょうど1メートルの紐や」と言って、きっちり3つに折り、折れ曲がっている2ヵ所をはさみでブチッ、ブチッと切った。
「きれいに3つに割れたなぁ」と笑った。

へ~っ!?そうなんや。計算では割り切れへんのに実際はスッパリ割り切れるんや~。ふ~ん、そうなんやぁ。へぇ~・・・。ふぅ~ん・・・。と、えらく興奮した。

それは長い間、私の中で封印されていて、私がこの事を再び思い出したのは子どもができてからである。
パニック障害(何度も出てきて申し訳ないです)というのは私にとって当時とてつもなく怖い存在で、いつ起こるか分からない発作のためにナーバスになり、行きたいところ、やりたい事、どんなこともスッと行動に移せず、いつもいつも頭の中で発作を起こした自分を想像して尻込みしてしまっていた。
21年というキャリアを持ってしまうと、ええい、来るなら来い!その時はその時だ、なってから考えるわ、と開き直る事も出来るようになったけど。
子どもたちが小さい頃はそういう免疫もなく、毎日頭でっかちにあれやこれやと考えてはフラフラになっていたんだ。

そんな時だった。フ~ッとN先生の1メートルの紐の話が突然、本当に突然、何の脈絡もなく蘇ったんだ。
そうだ、そうだ。これだよ~。子どもたちには1メートルの紐で生きていってもらおうって思った。
1÷3を延々と考える人じゃなく、「ええい!辛気臭いぞ!紐出しなよ。スッパリ、きれいに等分してやるからな!」ってピシッとやってしまえる人。(1÷3を考える人を否定してるんじゃないです。そこんとこご理解よろしく!)

自分自身を反面教師に、子どもたちには「グダグダ考えんでもエエやん。やっちゃえ、やっちゃえ。」と、はっぱをかけてきた。それが良かったのか、悪かったのか・・・よく分からない。
うちの子どもたちは、考える事が実に苦手だ・・・。考える=面倒くさい、という図式を持っているように見える。
ううう・・・人生80年、結果はまだまだ。20歳と18歳、ほぼ性格も固定しつつあるか・・・。いやいや、まだまだ・・人は変わるからおもしろいんだし。

N先生はだいぶ前に亡くなってしまった。
生きていたら聞きたかったなぁ。「きれいに3つに割れたなぁ。」と笑った後、先生は何とおっしゃったのか。何のために(何を言いたくて)1メートルの紐を切ったのか。
聞けないのが残念だ。

先日、幼なじみに会って、N先生のこの事を聞いてみた。
「ん~、N先生は覚えてるけど、そんな授業覚えてないわ。」だって・・・。古い古い話だもんね、しかたないか・・・。

ねぇ、ねぇ、誰か、N先生のこの授業の後半部分覚えてないですか~!?
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# by takeotae | 2006-02-01 20:39 | Comments(3)

基本  けど、それが全て

”生きてるだけでいいよ”
それが基本でそれが全ての子育てをしてしまった。
けど、何度人生やり直しても自分にはそれしか出来なかったかもしれないと思う。
なんか、ベタな自費出版本のタイトルみたいでイヤなんだけど、語彙が少ないのでこれ以外の表現がない。

生きてたらいいの?じゃあ、な~んにも気にならなくて、子育てほっぽりだしたの?って思われそうだよね?細かく思い起こせば、日々当然いろんな事が起こり、色々考え、悩み、喜び、泣き、叱り、笑い・・・当たり前にありましたよ。
でもね、最後の最後には奴らは奴らなりに一生懸命生きてるやんって、ちょっと感心したりしてしまうわけです。
っていうことは、あなたの子どもさんたちはまともにちゃんとしてたのね?って思われそうだよね?
でもね、みんなそんなにかわらないと思うのですよ。自分の出し方色々・やり方それぞれ、だと思うのです。たぶん、きっと奴らは奴らなりの方法を編み出しているに違いない。親ごときに手のうちを見せてなるものかと思っているに違いない。と思うと、最後の最後には必死で生きてるやんって、気持ちが熱くなったりするわけです。

結婚は私にとって最初は修羅場だった。結婚というものは私に打撃を与え、へこませたにもかかわらず、家族は私をとても温かく成長させてくれた。
特に、子どもたち。彼らは何とも不思議な存在だった。神経症を患いながらの子育ては確かにきつい、本当にきつかった。元々、中途半端なおとなになりきれていない私という人間にとって、彼らはこの上ない不思議な存在だった。それは、とてもとても愛しいという感情なのだということに気づかないまま、一緒に生活していたことになる。
今なら理解できる。不思議という感覚は、そのままにしておきたいという事、素のままで自由に生きて欲しいという事、何者にもとらわれて欲しくないという事、外部の力で変わって欲しくないという事・・・まして、私の価値観などで右往左往して欲しくもない・・・不思議は不思議のままでいてほしかったのだ。そう、それほど愛しいものなのだ。

てなことをいつも胸の奥のほうに持っていたから、”生きてるだけでいいよ”になってしまう。

何故、こんなことを今日書いたのか・・・
テキパキと仕事をこなし、理路整然と人の話の受け応えをし、他人の悩みにはいとも鮮やかにアドバイスし、フリーズなどしたことのないPCのような女友達が「胃が痛くて、頭も痛い、眠れない・・・」と言う。よくよく、聞いてみると、息子さんが大学受験真っ盛りなのだ。
とても偏差値の高い、デキル息子さんなのだ。学力然り、運動神経もそう、なんとバランスの良い息子さんだろうと感心する。
やはり、そうなるように彼女たち夫婦は教育したのだ。とても世間との折り合いがいいなと思う。

そして、とても羨ましい気分になった。
日本の中にいて、きっちりと日本人が今良しとするもの・評価するものを伝えている。それは自信と信念と希望に満ちた価値観だ。生きてるだけでいいよは彼女の前ではただのたわごと、戯言になる。清々しい惨敗感・敗北感だった。

そして、清々しい気分で、自分(私たち夫婦)の子育てをもう一度振り返ってみたら・・・。
やっぱり、まぎれもなく”生きてるだけでいいよ”なんだなぁ・・・
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# by takeotae | 2006-01-28 17:24 | Comments(0)